臍(ほぞ)を狙え

Dame ramen y dime tonto.

日記#3 寂しがりやのカナリヤ

「携帯全然使ってねえな」とコーヒーカップをスマホの上に置いて、ふと思った。携帯を使わなくなった。理由は簡単。携帯していく場所がないからである。

昨日は偉そうに「他人(ひと)への興味が薄れてインスタを見なくなった」とかカッコつけて書いたが、なんだ、単に携帯を使わなくなっただけだった。訂正してお詫びします。

携帯はただの金属の板と化し、もっぱらベッドの上でパソコンする時のコースターとしての役割を担っている。ちょっと大きめ6インチスクリーンのやつ買ってよかった。水滴がベッドに落ちなくて快適。万事塞翁が馬。何が吉と出るか人生わからないものだ。

この部屋には机がないのでいつもベッドの上に正座して作業(Netflixの視聴など)するが、ちょうど目の前に大きい窓があってこれが最高。そして窓の外側の下の出っ張ったところ(注1)に鳥がいっぱい来て、すごく幸せになれる。この気持ちを共有したい。ちなみにだが、普通に鳥にはモテておきたいという思いがあるので、鳥を見るときは精一杯凛々しい顔を心掛けている。

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注1 このオレンジの部分の名前が思い出せない

よく遊びにくるのは、黄色でちっちゃい カナリヤさん 達だ。というのも僕の家の前には20mくらいのなかなかでかい木が生えてる。いや植っているか。どっちかな。

 

これは是非とも木に聞いてみたい。

「お前は生えてるのか、それとも植(うわ)っているのか?」

人に聞けば簡単だ。「ああ、あの木は景観用に植ってるんだよ。街路樹だからね、当たり前。いらなくなったら切り倒されるだけさ。」 というだろう。スペイン語で。

木は人々の目を涼ませ、木陰を作り、市長がマニフェストの市内緑化計画を守っていることをアピールするためにそこに立っている。もし何かの理由でその必要が無くなったら、そこに木が立つことはない。

 

しかし、しかしこの木を見てほしい。これが果たしてただ「植っている」だけに見えるか。自らの力で水を吸い養分を吸い、その枝には何百もの鳥や虫を養っている。こいつは自由に生きているんだ、とも思う。

 

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 例えばあなたは幼木を植える。そこに木があればその木陰で本を読めるから。

ホームデポで買ってきた30cmの小さな木。

その木は植っているか?

植っている。生えているというよりも、まあただ植っている。幼木は人間を涼ませる目的を持ってそこへ植えられた。あなたが水をやらなければ明日には枯れてしまう木だ。

 

50年後、木は100倍の大きさに成長した。今や人の手を借りずとも、しっかりと根を生やし葉を茂らせ無数の鳥の家となっている。しかし、その一方であなたの「木陰を作ってくれ」という命令を忘れてはいない。80歳のあなたは毎日そこでサルトルを少し読む。

 

1000年後、人類は核汚染の進んだ地球を捨て、宇宙旅行へと旅立つことになった。木は同じ場所に立ち続け、あなたの子孫に何代にも渡って木陰を与え続けた。あなたの孫の孫の孫の孫の孫・・・の孫は、木に「今までありがとう。僕らは帰ってこないけど... 元気でな。」と言ってスペースシップへ乗り込む。苔むした老木は同じ場所で悠々と風に葉を揺らしている。

 

 

 

 

  

あなたは幼木?それとも老木?

 

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幼木を選んだあなたは寂しがりやタイプ!!

 

 

2020年7月8日 めちゃ暑い